古拙・国宝めぐり
●国宝・向上寺の三十の塔
瀬戸田港を見下ろす丘に向上寺の三重の塔がある。この寺は、室町時代の応永10年(1403年)、臨済宗仏通寺開山仏徳大通禅師が、中国の径山で修業し帰国後、この地が径山の風景と似ていることから一寺を建立し、向上庵を名づけた。丘の中腹に美しくそびえている三重の塔は、永享4年(1432年)当時、瀬戸内海を傘下に治めていた小早川氏が、勢力を誇示するために生口島の領主・小早川信元、信晶に建造させたもの。高さ19M・三間三重塔婆、本瓦ぶきで、全体的には和様を基調としているが、細部は唐様の手法も濃厚に組み入れられている。室町時代初期に建てられた和唐折衷の塔の中で、最もすぐれて美しいもののひとつに数えられ、往事の盛況が偲ばれる。また、山道に並ぶ無数の石仏はは、心なごやかにしてくれる。(昭和33年2月8日・国宝に指定)
・重要文化財の宝庫・光明坊 光明坊は、奈良時代の天平3年に聖武天皇の勅願により、行基菩薩が開基創建されたと伝えられる。
・十三重塔 山門を通り抜け、古松の並木のある境内に入ると、すぎ右手に忍性菩薩発願と伝えられる石造の十三重の石塔婆がある。この石塔は、基壇の刻銘によると、永仁2年(〔1294年)の建立とされている。当時は弘安の役の後で、元寇防備のため幕府や地方諸大名も極度の財政難に陥り、困窮ただならぬ時代であった。にもかかわらず、全国でも稀な荘重で均整美を誇る石塔で、製法や表現方法にかな蔵時代の特色をもつ。(国の重要文化財)
・本尊の木造阿弥陀仏如来坐像 寺の本尊で、表情は柔和で依文の線はやわらかくなめらかで、玉眼、漆箔は鎌倉時代の策であるが、平安王朝の優美さも備えている。行基菩薩の作品と言われている。
●耕三寺
瀬戸田港からつづくグリーンの参道を600メートルほど歩くと、耕三寺の山門にたどりつく。約2万坪の境内が目の前にひらけ、なんとここには30余棟もの堂塔が建てられている。桜、つづじも見事で、春は花、夏は緑、秋は紅葉と風情を添える。昭和11年から35年の歳月をかけて造営されたこの堂塔は、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、桃山、江戸など各時代の代表的な寺院建築様式により建立されている。